昭和四十一年十月十九日 朝の御理解
変わったおかげを頂くためには、矢張り変わった信心をさしてもらわにゃいけん、信心は普通、そして変わったおかげを頂きたいという、これは矢張り無理ですね、矢張り変わったおかげを頂きたいと思うなら、少しは変わった信心をさしてもらわなければなりません昨日、一昨日でしたかね、総代さん方はじめ各部長さん達も、大際の翌日ですから反省会がございました。
そのあとで大際の翌日ですから、おみき一こんあげさして頂いて私も少し頂き過ぎてから、もうなかばで立たせてもらってから二階で休ましてもらいました。両親の部屋でございましたから、母と父が私が休んどると思うてから、話しよる、本当にこの人ばかりは、もう何時寝て、何時起きよるやら分からん、もう本当に二階に上がって来た時ぐらい、ちょいと休ませにゃ、と云うてから父が母に話しよるとを聞かせて頂いてから、はじめてそういうその表現でですね、私の事を表現しておるわけです。何時寝て何時起きよるやら分からん、しかしこれは私の家族の者でも、これは本当だろうと思うんです、第一家内ですら私が何時起きよるか( )知りませんです、なら娘達は私が寝よる時間は知っとりますけれども、なら私が何時起きよるか知らん、それは、子供達が私が休む時は奉仕してくれますですね、だから起きる時には知りません、だから矢張りその変わった信心さしてもらうということは、同じ家の中に居っても家の子供が、又はうちの主人が、うちのお父さんが本当に何時寝て何時起きよるやら、それは時々のことは分かりましょう、けども夕べは、おとといはとこう、うちのお父さんないつやすみござるじゃろか、というようなことだと思うですね。
昨夜も菊栄会の方達の話し合いがあっておりました。それで皆さん、下の方の御用済まされて、送り出してから、二階であっておりましたから、私もそれに参加さしてもらって、もう昨日菊栄会の方達が十人揃うとりました、いろいろ話が興にのってと申しますか、しておりましたから、時間を見た時には、もう三時で御座いましたそれで送り出してから私が休む時には、矢張り三時半で御座いました。もう本当に変わったおかげを私が頂きますから、神さまが変わった修業を私にさして下さるんだと私は思います。それとこれとがどういう風につながっておるかは、私もよく感じませんけれど、そのことを今日は頂きますから、皆さんでよくひとつねってみて下さい。昨日でした、三時頃でしたでしょうか、久し振りで私の小学校時代の友人が訪ねて来てくれました、三時もなりませんでしたですね、一時頃だったでしょうか、( )送り出そうかと云いよるところで丁度やってきました。そしてから、もうにこにこしてやってまいりました、それで、もうよかごつなっとるじゃねえか、と申しましたら、それが私の友達ですけれども、去年家内を亡くしましてね、丁度もうやがて一年になります。ところが大坪君あんた家内がへそくりをね、千三百万円貯めとった、へそくりを、それが最近分かった、やっぱにこにこせにゃおられませんね、へそくりでもいいですね、千三百万円も貯まりゃ、それがちょっとしたことからそれが分かった、次々と芋蔓式に分かったことが千三百万円のへそくりを家内がしてからそしてそれを遺言もせずに亡くなっとった訳です。それで福島に行ってからもう最高の仏壇をあただに買わせて頂いた、ところがもう( )あただにその最高の仏壇を買うて家内にその敬意を表した訳なんです。どうでしょうかねあれがまだ生きとるうちに、へそくりを貯めたち云うなら、それこそ夫婦喧嘩で大変なことだろうと思うですね、人間ちゃ本当に得手勝手なもんだと私は思います。ようもようも家内がへそくりしてくれとったと云う訳なんです、いくら値打ちが無いち云うたっちゃ矢張り千三百万円もありゃ、それこそおかげで子供達に分れ家も建てさせてもらう、何軒でもね、ま、これから自分の家の運も向いてくるじゃろという風に( )お話をさして頂いたんですけれども、ま、そういう話( )申しました。
変わった信心、変わったおかげを頂きたいと思うなら、変わった信心をしなければいけないと、普通では普通だと、少しはましなおかげを頂きたいと思うならば、少しはましなおかげを頂かねばいけない、そして昨夜の御理解をもういっぺん思い出してみなければいけません。天然地念、天境地境というような御理解でございましたですね。どうでもひとつ椛目的な、椛目流儀の信心をさして頂くなら、本当に椛目の信心の心髄と謂われるなものを、自分の信心に把握さしてもらい、頂かしてもろうて、おかげを頂いていかねばならんと思いますですね。 どうぞ